シンケースイジャク

 

 

細くて猫背な見た目からわかるように、ぼくは精神的によく病む。

 

1ヶ月に1回くらい、夜にひとりでいる時にしんどくなってくる。あの時ぼくを褒めてくれた人も、実はこいつはとりあえず煽てておけと思ってるんじゃないか。自分がつくるサービスは誰も幸せにできないんじゃないか。こんな風に具体的に不安になることもあれば、なにかわからないけどひたすらに苦しいって時もある。こうなったらもう布団が体を離してくれない。膝を抱えてYouTubeを見る顔だけが部屋の中で照らされる。ご飯たべるのもめんどくさいから食べなくなる。トイレに行くのもめんどくさい、トイレは行くけど。

 

ノイローゼとかシンケイスイジャクとか言われるこの症状は難しい。ぼくは、病院にいかないとまじでやばいっていうほど、危なくはない。死にたいとは思ったことないし、1ヶ月も家に引きこもったりとかもない。でも、活動が止まったりすることがあるし、この前はどうしてもしんどくてバイトに行けなくて、松屋をクビになりかけた。別のバイト中にも苦しくてお腹がズキズキ痛くて帰らせてもらったりもした。

 

そんな時は自分を助けてくれそうな本を読む。phaさんの『しないことリスト』、小野美由紀さんの『メゾン刻の湯』、有吉弘行さんの『お前なんかもう死んでいる』。この辺りが助けてくれる。「お、わたしも結構しんどくなるぜ」って人にはオススメ。

 

 

 

と、オススメはしたけど、それでも、結局布団から出られないことは多い。シンケースイジャクはそんな簡単じゃない。大好きな本だしめっちゃ救われてるけど。

 

 

1つ目の解

 

そんなぼくだけど、最近、解が1つ見えたかもと思っている。それは「優しい人たち」だ。ぼくの周りには優しい人たちがたくさんいる。「優しい人たち」がいたら、なんとかシンケースイジャクの状態から脱することができる。

 

ぼくがしんどくて家にこもってる時に家の扉にこんな紙を貼りに来たやつがいる。

 

 

他にはバイト前に家にわざわざ来てくれたやつもいる(この時ぼくは人に会いたくなくてインターホン鳴らされてる間も無視しつづけたけど、まさかだが、ぼくは鍵をかけ忘れていてそいつは普通に部屋に入ってきた。この自分のありえないミスでちょっとおもしろくなってしまって少し気が楽になった)。これはちょうど一年前くらいにしんどかった時の話。

 

最近しんどかった時には、何も言ってなかったのに、「最近どう? ちょっとしんどそうだなと思ってたんだけど」とTwitterを見ていてイベントで声をかけてくださる人がいたり、交流会みたいなところで「さっき挨拶してくれた時、すごい悲しそうな顔で笑ってたよ、大丈夫?」と心配してくださる人もいた。

 

今読んでくださってる方にはわからないかもしれないけど、ぼくはこれらの優しさに包まれた瞬間に心の奥の方がぎゅっ、と強く痛みながらも、気持ちよく、温かくなって、何かがほどけたように泣きそうになる。恥ずかしいし泣かないようにこらえたけど。

 

「みんなもしんどいんだから自分だけ甘えれない」「死ぬ気で努力しないと認められない」、そんな風に言われる社会。自分はそんな社会はおかしいと思っているけど、いざ自分のこととなると、「甘えれないな」「死ぬ気で努力しないとな」と思ってしまう。だから知らず知らずストレスがたまってる。ストレスがたまって、潰れて、止まってしまう。そうなるとまたずっと家の布団の中。

 

(シンケースイジャク中の図)

 

でも、彼らは「甘えていい」「死ぬ気でなんて努力しなくていい」と本気で言ってくれたり、そのように振舞ってくれる。そしたら「ちょっとくらい甘えていいのかな」「努力しなくても認めてくれるんだ」と安心できる。ぼくはこんな「優しい人たち」を心の底から愛してる。愛してるなんて言葉恥ずかしいし使いたくないけど使いたいくらい、なんならそんな愛してるって言葉じゃ表せないくらいだけど。自分は結構弱いやつだっていうのは小さい頃からわかっているし、これから急にそんなに強くなることはないと思う。母にも小さい時から「たくみはそんなに強くないからゆっくりね」みたいなことを言われる。だから、これからもこういう人たちに助けられて生きていくと思う。頼りたい。頼らせていただきたい。よろしくお願いします…

 

 

「優しい社会」

 

と同時に最近、自分も「優しい人たち」になりたいと思った。自分がよくシンケースイジャクしてるから、周りで似たような人がいたらすごく苦しさがわかる。周りに迷惑かけてしまってる申し訳なさと、それでもしんどくて動けない辛さ。何が原因かわからない不安。その辛さがわかると思うから、ぼくは横で「甘えていい」「努力しなくても認められる」と言いたい。人に言われないと自分でわかってても苦しいままだから。そんな事情をわかった上なら、しんどい人のかわりにちょっと頑張るとか余裕だから。

 

だからみんながちょっとずつ優しい社会がいいなと思う。もちろんみんなが全員甘えきって何もしないとうまくいかない。でも、本当にしんどい時はもっと気軽に甘えれたらいいのに。「おう、そうか ! ならちょっと休んどけ。おれが代わりにやっといたるで ! 」と言い合える世界がいいなと思う。アイセックの先輩で

 

「1人が休むのすら助けれない90人じゃないで、安心して休み」

 

そう言ってくれた先輩がいたから、今もぼくは元気にやれている。そんな風な人たちで溢れた社会がいいなと、漠然だけど、思う。

 

これを読んだあなたがもししんどかったら、すぐ連絡してきてほしい。散歩しながらでも、電話でも、LINEでもDMでも。ひたすらずっと話聞く。もし家きたら話聞きながら美味しい出汁巻たまご作ってあげる。あなたがしんどくなくても、もし周りにしんどそうな人がいたら声をかけてあげてほしい。本当にただ寄り添ってくれるだけで本当に楽になるから。みんなが頼り頼られる優しい社会がいいなと、そう思う。

 

今回は、これからも「優しい人たち」に頼りつつ、自分もそうありたいし、「優しい社会」つくりたいと思ったっていう話。

 

 

四畳半から社会を変える

 

 

 

 

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