社会を変える動機なんてなんでもいい

 

 

 

「なぜ社会を変えたいか?」

 

 

 

そもそもほとんどの人は社会を変えたいなんてことを考えてない。それが多分 “普通” です。

 

だから、ぼくは「なんでそんな社会を変えようするの?」とよく聞かれる。「そんなこと思えるのすごいね。」と褒めてもらえることもあるし、「偽善者やろ。」と揶揄されることもある。社会を変えるにはそれなりに動機があるはずだ、と考えるからみんな聞いてくるのだと思う。確かにもちろん理由はある。細かくはあとで書くけど、基本的にぼくは自分のために社会を変えたいと思っています。

ただ、この前「自分のために社会を変えようとしてるのは絶対違う。自分のことを考えてるやつが社会貢献とか社会を変えたいなんて言うな ! 」って言われた。えぇ、本当かな、それ。その人はそれか許せないらしい、それはいいけど。でもぼくはそうは思わなくて。

それに対して思うことを今回書きます。

 

 

結論、動機はなんでもいい。

ちなみにここでは「社会を変える」っていうのを「社会課題を解決したりして、困ってる人が幸せになること」と定義しておきます。この記事でぼくが言いたいことは、「動機はなんだっていい」ってことです。どんな動機で社会を変えようがその人の自由です。とにかく社会がよく変わればそれはいいことだし、その人もやりたくてやったから幸せです。みんなハッピー。それでいいじゃないですか。清い想いを持っていないと活動できないみたいなイメージがあるなら、活動に参加する障壁も高くなって結果的に多分マイナス。そう思うから、「自分のために社会を変えるなんてやつが社会貢献とか言うな ! 」とか言われたら「えー動機はなんでもいいやん」って思います。

 

いろんな人の社会を変える動機

じゃあ、実際社会を変えている人とか、変えようとしてるなーって思う人はどんな動機なのか。3人の方の動機を調べた。もし社会を変えようとしてる方がいらしたら、ぜひコメントでもTwitterでシェアでもいいのでみなさんの動機を教えてほしいです。 みなさんどんな動機で活動してるのか気になります。Twitterでシェアされる時に「#社会を変える動機」とツイートしてくれると助かります🙇‍♂️

 

 

「今井紀明」の画像検索結果

今井紀明さん

1人目、認定NPO法人D×P代表の今井紀明さん。通信制考高校や定時制高校のさまざまな「しんどさ」をかかえた高校生に人との繋がりと成功体験を届ける活動をされています。ぼくが入ってるオンラインサロン「NPO未来ラボ」をやってる方です。お世話になっています。彼は「不条理に対しての怒りから社会を変えたいと思う」と今日のイベントで言っていました。「理不尽を正す自分でありたい、あくまで主語は自分」だそうです。

 

 

原貫太さん

2人目、NPO法人コンフロントワールド代表の原貫太さん。南スーダン難民居住区での緊急支援や、南スーダン難民によるサッカーチーム設立のサポートなどをされています。本も書いてる。彼はこのように述べています。

誰だって、一度は思ったことがあるだろう。今この瞬間にも、世界には紛争や貧困で苦しんでいる人がいるのはなぜなのだろうと。その人たちのために、自分にできることはなんだろうと。僕は、世界を無視しない大人になりたい。

会ったことはないけど、とても優しい方なんだろうなと思う。素敵。彼はブログでコスモポリタン(地球市民)という考え方を紹介しています。日本人とかいう枠ではなく、地球市民として人類みな同じだから、地球の裏側のスーダンでの支援を行なっているそう。優しさと使命感なのかな。

 

 

「タケダノリヒロ」の画像検索結果

タケダノリヒロさん

3人目、タケダノリヒロさん。日本とルワンダをつなぐメディア「ルワンダノオト」代表。青年海外協力隊としてルワンダで活躍されていた方。4月にTwitterをフォローされてテンション高くなってDM飛ばしたらご飯行けることになって、そこでどんな動機で活動されてるか聞いてきました。そこでおっしゃっていたのは「自分がやりたいから」っていう動機で動いているということ。この前のブログでも

どんなに悩んだとしても「好きだからやる」という自分の「好き」は、誰にも否定できません。それだけは、絶対に間違いじゃない。そこから目をそらしさえしなければ、絶対に大丈夫。だから、「好きだから戦う」っていう最高にカッコいいヒーローを目指しますよ。

とおっしゃっていました。自分が好きだからやる、という理由は不可侵だし、自分も疑えない。

 

 

いろんな動機

動機なんていろいろある。それに1人がもつ動機の数も1個じゃない。その動機が想いを占める割合も時期によって違う。だから本当に動機なんてなんでもいい。自分が社会を変えないとっていう使命感、宗教的価値観、社会をよくしてることに自分の存在価値を見出したい、「この人がただ幸せになってほしいから活動したいんだ」と心の底から思ってる。なんでもいい。「おれ社会を変えてる〜♩」って自分に酔いたいからでもいい。だってそこじゃなくて「本当に社会は変わったか?」が重要じゃないですか。それ以外を重視してる人、多分本当に社会変えたいと思ってないですよ。いくら素敵な想いをもって活動していても、幸せにしたい人を幸せにできていないならなんにも意味ないって活動する人は思う。

 

※ 社会を変えてる自分に酔ってることを、その活動を尊い想いでやっていると思ってた人に伝わると傷つくしショックだから伝わらないようにしないとねとは思います。それか最初からそういう風に見せとくか。

 

 

世界を変える、愛すべきアホ

中村多伽さんが紹介していた記事。この記事にもまたおもしろい動機の話が書いてあるから参照されたい。

 

やらない善よりやる偽善

「やらない善よりやる偽善」という言葉があります。すごい好き。ぼくは “善” を素敵な想い、”やる” を誰かを幸せにすることと捉えています。だから「社会を変えたい、変えないとと思って1人泣いてるよりも、社会をよくする自分に酔ってるだけだとしても本当に誰かを幸せにしてる方が意味がある」と感じます。行動して社会をよくしないと意味ない。清い心は尊いけど意味はない。尊いんですけどね。大事だしめっちゃ好き。だけどそれを実現しないと意味ない。

 

なんだかんだ人は優しい

ここまで読んでて「そんな不純な動機で活動するのには違和感がある…」と感じる人もいるかもしれません。わからなくはないです。でも、この記事を書いていて大前提ぼくの中にあるのは「なんだかんだ人は優しいやろ」という気持ち。ぼくがこれまで21年間の人生で会ってきた人の中で優しくなかった人はいませんでした(運がいいだけかもしれません)。もちろんこいつむかつくぞって人はたくさんいたし、許せない人もいる。けど、ちゃんと話したら分かり合えたり、他の人に聞いたら「なんやねん優しいとこあるやん」ってなります。多分人は優しい。サイモン・シネック氏という方がこのようなことを言っています。

 

人は他者を助けるように設計されている

自然の摂理は人間が他者を助けるとこのように感じるよう設計されており、これは我々がこの行動を繰り返すよう動機付けする目的があります。共通の価値観や信念を持つ人々に囲まれていると、信頼が生まれ、我々の生存率と進展率が上昇するからです。セックスは気持ちがいいので皆がします。自然の摂理はセックスを気持ちのよいものにし、人が多くセックスをして種を反映することができるように設計されています。たまたまセックスが気持ちのいいものであるわけではないのです。同じように、真の満足感は我々がその行動を繰り返すように自然によって設計されているのです。種を繁栄させるだけではなく、お互いの絆と文化を強めるためです。

 

これは科学的に証明されてるわけじゃないかもしれませんが、そもそも科学が全部正しいわけじゃないですが、多分そうちゃう? と思いませんか。ぼくは、思いたい。そっちの方が素敵だから。なんかほっこりするから。そう思うからこそ、自分に酔ってる人も、自分の存在価値を求めて社会をよくする人も、どんな動機の人でもいいやって思います。多分優しさもどこかにある。社会を変えないと意味ないから動機はどうでもいい。でも、どんな動機でも多分どこか純粋な優しさもあるんやろうなと思います。

 

 

ぼくが社会を変える動機

ぼくは自分が社会をよくしようという活動をしていて、その活動の価値がお金にならなくて食べるのに困った経験があって、その時に「社会課題への取り組みの価値がお金にならないことに自分がとても腹が立ったから」、今社会を変えようとしています。バイトを適当にして稼ぐ人が社会にうむ価値と、自分の活動の価値を勝手に比べて「いやおれの活動の価値は0円ではないやろ ! 」って怒ってました。でも、サービスの受益者からめっちゃお金とるのは違う。この構造が社会を変える人がお金に困る理由かなーとその時思いました。

もう1つ最近強い動機があります。それは「想いのあるヒーローが、お金に困ってるのが悔しいから」。いろんなNPOにお邪魔して話を聞いては「はー、素敵や。絶対に必要な活動。身を削って誰かのために活動してる人がいるぞ。」と心を打たれます。そんな人たちがお金に困って苦しそうなのが悔しい。いや、おかしいやんそんなんってほんまに思います。

だから、ぼくは社会を変えます。「社会をよくするヒーローが、お金に困らない社会」を作ります。

 

 

 


 

 

 

社会を変える動機なんてなんでもいい。

 

 

 

ぼくはそう思います。素敵な想いは尊いし好きだけど、社会が変わらなければ誰も幸せじゃない。動機なんて1つじゃないし、どの動機が強いかなんて時と場合による。誰かを幸せにしたい人も、宗教的な価値観で活動してる人も、社会を変える自分に酔ってる人もみんないい。社会をよりよくしよう。どんな動機だろうが多分なんだかんだ人は優しさをどこかに持ってるし大丈夫。どんな動機でもいいからみんな動けばもっとよくなる。よし、今日も自分のため、誰かのため、何かのために社会を変えようと足掻こう。

 

 

最後に ! 

この記事をシェアしてもしなくてもいいけど、「#社会を変える動機」であなたの社会を変える動機についてツイートして教えてほしいです !  気になるしみんなで議論すべき内容だと思います。ここまで読んでくださりありがとうございました🙇‍♂️

 

 

四畳半から社会を変える

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